ピザ屋の裏話その⑧ -突如豹変する常連客-
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長く勤めていると配達する商品を間違えたり、注文されたものが足りなかったり、
というやらかしが発生する。
こちらが悪いときは懇切丁寧に謝罪して配達し直し、無料券をあげたりするのだが、
ときに揚げ足取りのような難癖をつけてくる客がいる。
私も運悪くそんな客に遭遇したことがある。
客の名は"ナルミ"という男だ。
何度も注文をくれる常連なので店からみれば上客ではある。
ある日、私が配達担当になったのでナルミのマンションへ向かった。
何度も足を運んだことのある場所なので迷うこともない。
チャイムを押すとナルミが出てきた。
商品を渡し、代金を受け取って帰ろうとしたそのときだ。
ピザ箱を開けてナルミが突然喚き出したのだ。
「なんでこのピザつながってんの?」
「前もこうだったんだけど!?」
「ねえ、これって嫌がらせ!?」
矢継ぎ早に文句を垂れ流すナルミ。
ピザというのは丸い形をしている。
そして食べやすいように8等分あるいは12等分にカットしてあるのだが、
完全に切り離してしまうと配達中にバラバラになる危険性がある。
だからエッジの数mm程度はつながったままにしておくのが私の店のルールだった。
食べるときは客自身にちぎってもらう。
そのエッジの生地のつながり部分にクレームをつけてきたのだ。
私はつながっている理由について丁寧に説明した。
別にあなただけにしていることではなくどのお客さんも同じです、
といくら説明してもまったく聞く耳を持たない。
埒が明かないためその場は取り繕って帰り、マネージャに相談し
結局ナルミのマンションの集合ポストに無料券を投函した。
一応はお詫びの体ではあるが、内心はもう注文してくれなくて結構、が本音だ。
こういう理不尽クレームを言い出す客は幸いナルミしか出くわさなかったが、
一歩対応を間違うと大変な問題になることをはらむ仕事だとは思う。
なんといっても血気盛んな年頃の大学生や専門学校生、フリーターを雇って
客の前に堂々と出すのだから。
クレームといえば、大昔は「30分保証」ってのをやってたと聞いたことがある。
注文から30分以内にお届けできなかったら代金をいただかない、もしくは
次回使えるクーポン券を差し上げる、とかのサービスだ。
私が入店したときにマネージャにこのことを聞いたことがある。
「それやると事故につながるからやらない」
ちょっと考えたらわかることだ。
あと1分ってとこで信号に引っ掛かりそうになったら強行突破するわな。
30分ギリギリだったら秒単位の解釈で客と揉めるわな。
最初の数年は電話注文を受けたときに30分保証はしてませんよ、ってことを
必ず断ってから注文受けろ、ってしつこく言われたなあ。
そうでなくても配達ってのはつい先を急いじゃうもんだからね。
そのおかげか、40分とかかかっても客から時間のこと言われたことは一度もない。
早く届けてほしかったらピークタイムを避けるか、予約しておくことだ。
予約客は何時に届けてくれ、って指定できるので、
店側はその時間に合わせてピザを作り、必ず間に合うように届ける。
飛び込みの電話よりも優先されるので、これが一番いい。
もちろん「30分後を指定して予約」ってのはダメだけどね。